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母と私 [天体]

連日、蒸し暑い日が続き、埼玉の実家は大丈夫かと心配になる毎日だが、生まれてから半世紀も過ぎた今、母親に対する気持ちが、以前と大分変わっている事に気が付いた。

水瓶座の月で火星と合、これに金星がスクエア、金星は木星とセクスタイルの母。
おしゃれで、若い頃は奥村チヨに似ていたそうだ。
私は、20歳そこそこの時に生まれ、母はよく子供が子供を生んだ様と言われたらしい。
派手で華美を好み、短絡的で子供っぽい性格。
月、水星、金星に土星の影響を受けている私と母では、考え方のトーンが全く合わなかった。

物心付く幼稚園時代、学芸会で私に役を与えろと先生に迫っていた母を覚えている。
小学校でも、私だけブランドやヒラヒラのワンピース、服も全て母が選んでしまう。
私は目立つ事を嫌ったので、全てにおいて望まない事を先回りしてやってしまう母が嫌で仕方なかった。
高学年になっても友達付き合いに干渉し、うちの子と遊ばないでくれと言いに行かれる事、2回。
どちらも大好きな仲の良い友人、そのご両親もとても良い人達だったのに、合わせる顔も無くこれは本当に辛かった。
気に入らないと感情的になる、今で言うモンスターペアレントに近かったのではないかと思う。
子供への愛情には溢れているのだが、未熟で盲信的、周りの感情を考えないために、それが裏目に出て私を苦しめていた。

母の太陽は水星合で牡羊座、木星とはスクエアで、天王星、土星合と、冥王星との小三角を持っている。
思い込んだら、強靭に真っ直ぐ突き進むタイプだが、また大変な心配症でもあり、都合の悪い事はよく誤魔化していたのは、オーブは広いが水星、海王星の180度があるためかも知れない。
思春期になると喧嘩は日常茶飯事だったが、私の月は乙女座の冥王星、天王星合とスクエア、嘘やまやかしが嫌いで母のずるさを徹底的に批判していた。
そして、魚座土星とのスクエアは母の支配によって抑圧され、操り人形の様になっていた幼少期を表していると思う。
月は、女性にとって自分であり、母である。
無意識のうちにやり方、考え方などパターンを踏襲している事がある。

母の月は、確かに分を超えたものを望む配置だが、家族に対して自己中心的な感情の猛威をふるい支配する人になってしまったのは、私の月による投影があったからではないかと思っている。
これを母親にそっくり託してしまっていたら、自分のネイタルには無い要素を被っていた事になる。
もし兄弟がいたら、必ずしも私と同じように感じてはいないかも知れない。
冥王星に敏感な私の月が、母親をその様に仕立ててしまっているのかも知れない。
星の投影によって、天体が表す人物が、その役割を演じている事は良くあるのだ。
一緒に暮らす家族の配置、ましてや親子ならば、共有して使う事など普通に起きてしまうのだ。

けれどそんな母が変わってきたのは、私が自立して家を離れてから、いつの間にかスピリチュアル的な考え方をする様になってからだろうか。
自分の事を謙虚に自覚し、昔の様な高慢さも無く、弱い者にはとっても同情的で、癒し的なものに興味を持っている。
私は、実家に居た時より結婚している時の方が長くなり、思えば短大で寮に入った頃の自分と、子供が同じ年になって、こんなに早く自立されたら寂しかっただろうなと思う。
もちろん、実家にはたまに帰っていたし、旅行も一緒に行ったりしていたのだが。

母は本来、夢のある事、楽しい事が大好きで、ふわふわとした可愛い女性なのだ。
昔はお母さんバカだったよね、ゴメンネ、とよく謝られる。
私はわだかまりなどなく、別に昔の事なんていいよと言っておしゃべりしている。
ちょっとしたつまらない贈り物にも大げさに感激してくれる。

子供を持って分かってきた母の気持ち。
その時は母なりに、初めての子に対し良いと信じた事を、ただ盲目的にしてしまった結果、支配的な振る舞いに繋がってしまったと言う事。
性格故に、いろんな所で衝突し損もしていたが、悪気があった訳ではない事。
一生懸命なだけなのに、家族や親戚などからひんしゅくを買って怒られてしまっていたね、可哀相だったね、という感情が湧く様になった。
これは私の冥王星同士がトラインを形作ってきた頃、意識され始めたと思う。

子供が小学生までの頃は、夏休みになると毎年埼玉の実家で過ごし、成長を喜んでくれた。
孫の小さい頃の思い出話を、こんな事があった、あんな事があったと、今でも嬉しそうにしてくれる。

父母共に健康なのだが、猛暑の折、今年からは父親が趣味の畑をやめてしまった。
父は野菜作りが上手で、常に送ってもらっていたのだが、これからは無農薬の美味しい野菜が食べられなくなって、とても残念だ。
しかし無理はして欲しくない。
母は、自分の娘が50だなんて思いたくないし、自分の年齢も実際よりもっと若いつもりでいると言っている。
若々しく華やかでいたい母らしくて、微笑ましくなってしまった。

両親の事を思い、感謝しながら生きられるのは、大変幸せな事だと思う。
子供は、本当は親がどれほど自分の事を気にかけているのか、心配してくれているのか、また親も、子供がどれほど思ってくれているのか、慕っていてくれているのか、お互いに気が付かない事も多いと思う。
それに気付くと、心の中は感謝の気持ちでいっぱいに満たされるのではないだろうか。

これから先の時間も、親子仲良く、楽しい思い出にして過ごしていきたい。
いつまでも元気でいてね!



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タグ:母と私
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まみこ

お久しぶりにコメント書かせていただきます^_^
私もつい先日母と大喧嘩をして、お盆の間家族の中で私だけが親戚の集まる祖母の家に帰らないことで、しばし距離を置くことができ、一人でいろいろ考えて、また明日帰ってくる母とどう向き合うかと悩んでいたところでした。
私も、大学の時に一時的に寮にいたのですが、家族が私を追うような形で田舎から都会にきてしまったのでまた同居が始まり、あのときそのまま一人で暮らせていたならな〜と、ままみさんの文章を見て思い出しました。
今まではどこか、母と自分の折り合いがつくところで満足しようとしていましたが、それは大幅に自分自身を殺すことになると気がつき、もう諦めようと、それによって揉めても仕方が無いと腹をくくったところです。
私には妹と弟がいますが、二人は母とうまくやれているのでほんと羨ましいです。
母と長女って難しいですね。
いつかままみさんのように、いろんなことを俯瞰して見れる日がくればいいなと願っています。
by まみこ (2014-08-15 22:43) 

ままみ

まみこさん、コメントをありがとうございます!

お母様と喧嘩をされたのですね。
母親は長女の事を一番近いと感じやすいので、気心が知れ過ぎて遠慮が無くなり、衝突もしやすいですね。
親子なんですから、熱い気持ちをぶつけ合っても良いのではないでしょうか。
遠慮して、我慢し過ぎる事は無いですよ。

>今まではどこか、母と自分の折り合いがつくところで満足しようとしていましたが、それは大幅に自分自身を殺すことになると気がつき、もう諦めようと、それによって揉めても仕方が無いと腹をくくったところです。
私には妹と弟がいますが、二人は母とうまくやれているのでほんと羨ましいです。<

そうなのですね。
宿命と言うか運命と言うか、親子でも良い相性、そうでもない相性は確かにあって、同じ親を持つ兄弟でも親へのイメージは必ずしも一致しません。
その人が先天的に持って生まれた父親や母親の金型は、生まれた瞬間のチャートに刻み付けられます。
占星術では、天体を自分で使わなければ他に投影してしまうという仕組みになるのですが、消化するのはなかなか難しい事です。
しかし、出来事の体験によって得た、思った事、感じた事は、結果的には落ち着くところへ落ち着いていき、浄化され、その人の人間性、霊的進化向上に繋がるものと思っています。

親には、こうあって欲しいなど自分の期待をあまり押し付け過ぎない方が良いです。
親子にはお互いに甘えの気持ちがあるため、要求がつい大きくなっていき、余計な不満を持つ事も多いですよね。
そしてお互いの良い所は、自立して離れて暮らす方が見付けやすいかも知れませんね。

私も母との葛藤があったおかげで、様々な事を悩み考え、そして今に繋がっています。
年とともに人は受容的になっていく事が出来るものと思いますが、その中で拘りを手放し続けると、世の中の苦手なもの、嫌いなものが徐々に少なくなっていき、その分、不思議と心は強くなっていきます。
そしてついには、何が来ても大丈夫、という心境になっていけるのではないでしょうか。
いつの間にか母の事が好き、私の事を一番に思ってくれる素敵な人、と思える今がある事、これは葛藤が無かった場合には絶対に味わえない、大きな感動だと思います。

人は考え方、意識が変わる生き物ですので、結論は最後まで待ってみて下さい。
私の様なおばさんになってからでも、全く遅くありませんよ☆

by ままみ (2014-08-18 14:14) 

ゆりか

ままみさま

お久しぶりです。
お母様も月金星スクエアをお持ちなのですね。
私もです。
以前このアスペクトは悪いことばかりなわけどはなく、魅力にもなるといっていただき救われました。
ちょっとわがまま?で周りを振り回すな感じがあるのでしょうか。
私もお母様同様、派手好きでお金をポンポン使ってしまうことがあります。
気をつけなくてはと思います。
by ゆりか (2014-08-24 04:24) 

ゆりか

連投すいません。

今さらですが、ブログタイトルの『マザーふぐふぐ』のふぐふぐは、モルモットちゃんが由来ですか?
YouTubeの動画で、口?鼻?をふぐふぐしたり、きゅーきゅーいったりしているのを見ました。
とても可愛いですね。
うちにはうさぎさんがいます。
ちょっとモルちゃんと似ています。
by ゆりか (2014-08-24 04:30) 

ままみ

ゆりかさん、こんにちは!

ゆりかさんも月金星スクエアでしたね。
うちの母も賑やかでうるさい、良く言えば愛嬌のある人なんですが、ぐさっと毒のある言葉を吐くので、まともに聞いていた昔の私は気が抜けませんでした(笑)
周囲は仕方ないね(苦笑)でしたが・・・
また、新しいもの好き&躊躇の無い捨て魔でして、私のものも母の判断でポンポン捨てられていました;
無駄がキライな私とは全く性格が違っていて、似ている所と言えば、そそっかしい所と品が無い所でしょうか(笑)
今ではもう有りませんが、私は支配と干渉から早く逃れたかったですし、自由な母にとっては文句を言う小姑的な私がうるさかったと思います。
自立できた時は嬉しかったですね。
けれど、この年になると、また寄り添いたい気持ちになって来るのが不思議なのです。

>今さらですが、ブログタイトルの『マザーふぐふぐ』のふぐふぐは、モルモットちゃんが由来ですか?<
気をかけて下さりありがとうございます。
私は家でふぐふぐと呼ばれているのですが、猫の髭のあるまるい所も、モルの口元の動きもそうですよね^^
そしてモルちゃんに魅了された主人が撮った写真をアイコンに使っています。
感情によって鳴き方を変えるらしく、
キュイキュイ、グルルル・・、プイプイプイ・・・
とっても豊かなんですって。

ゆりかさんは、うさぎさんを飼っているのですね。
抱っこするとふもふして可愛いでしょうね。

実家では犬を飼っていましたが、我が家にはインコと亀しかおらず、亀は可愛がりたくてもごつごつしているし臭いしで、羨ましいです^^
インコさんは毛つくろいしてくれたり、インコテラピーとしてインコ臭に癒されたり、時々、そっと包んで抱っこをしてますが、鳥さんは迷惑な様です;;

モル飼いも、いつかしてみたいと思います^^

by ままみ (2014-08-25 12:41) 

りん

こんにちは!久々にコメントします
お母様とのことで 共感できます

私のホロスコープはアセン水瓶月一室
太陽は10室

1942年10月24日生まれの母親は太陽と月が180度
火星と木星もすぐ近くです

小さな頃から 暴言暴力がひどくて カッとなるともうどうしていいのやらて
父親はでていきましたから 余計かもしれませんが
納得いかないくて 意見しようものなら 口答えしてと叩かれまくりでした
今もわりと 頭ごなしで 昔よりはましになりましたが
人には批判 自分はナヨナヨしてもいいみたいな
そんな人で 寄り添う感覚は皆無です
この先もどうやって 付き合っていくのぎ私の課題です
今回は大事な記事ありがとうございました(*^ー^)ノ♪
by りん (2014-08-26 10:52) 

ままみ

りんさん、コメントをありがとうございます!

親と子の問題は根が深く、その後の人生にも大きく影響するので深刻なケースもあると思いますが、昔の世代の親は、普通に叩いていた親が多かったと思います。
今でこそ大問題になりますが、先生でさえ、宿題を忘れたりふざけたりしている生徒をよく叩いていました。
これは昭和の、人と人との関わりが密であった時代、先生に対する信頼があったからこその暗黙の了解で、問題にもなりませんでした。
親子の場合も、根底には密接に繋がった深い愛情関係があるはずですが、これがあるため遺恨など残さないはずですし、無い場合の暴力は虐待ですよね。
そして問題は、親が子供に甘え、寄りかかり過ぎる場合、子供はとても苦労してしまうと思います。
りんさんのお母様は寂しかったのでしょう。

人って嫌な事は覚えていても、良い事は当たり前に思い割と忘れがちになるものです。
りんさんも、お母様に愛情をかけてもらった思い出など、お探しになればいくらでもあるのではないでしょうか。
抱っこされ、おんぶされ、慈しんもらったからこそ、立派にお育ちになった今があるのです。

私の場合、私の事を第一に考えてくれる母親の愛情を、深層では心の拠り所として大切に思っていたのだと、今更ながら気づいたと言う事なのです。
母親には言いたい放題、好き勝手にやらせてもらいましたが、いくらぶつけてもそれを受け止め、良いオバサンになって甘えた事を言っても、変わらぬ愛をくれる母親の存在に、今更ながら感謝の気持ち一杯、と思っています。

今は、ご自分の気持ちに無理してまで寄り添おうとしなくても良いと思います。
自然とそうなる時はなるのだろうし、時が来れば変わるかも知れません。
しかし、親と仲良くなれたら心の芯が、さらに強くなれる事は確かです。

一つ言えるのは、順番から言えば親の方が先に旅立ってしまうと言う事。
それはいつになるのか分からないし、それまでにご自分の思いを伝えて、わだかまりなく和やかになって頂ける事を願っています。
また、お年を召したお母様の性質は変えられませんから、こちらの考えや見方を変えると、上手くいくかも知れません。

by ままみ (2014-08-26 15:38) 

りん

ままみさん
コメントありがとうございます

確かに昭和は叩くのは当たり前の時代でした
けれど母親は執拗にすごくて
私が離婚したときも別れた旦那と浮気相手の味方をしていて 子供も手放させられて 憎しみと怒りでした

確かに 食事も洋服も困ることはありませんでしたが
小さな頃から悩みや 親戚の悪口を聞かされ お父さんがいないから 私がしっかりしなきゃと 苦労しました

さみしかったんだと 今ではなんとなく理解できるのですが ままみさんの文章を読んで 私も気にしすぎだったかなと振り返っています

親を変えようとは思いませんが 理解しあえなくても仲良くなれたらいいかなとは感じます

仲良くなれたら最強なんでしょうね

ありがとうございました(*^ー^)ノ♪
by りん (2014-08-26 17:40) 

ままみ

りんさん、早速のお返事をありがとうございます。

>私が離婚したときも別れた旦那と浮気相手の味方をしていて 子供も手放させられて 憎しみと怒りでした<
さぞかしお辛かったでしょうね。

自分の味方をするはずの母親が守ってもくれず、とても心細い思いをされたでしょう。
憎しみや怒りのしこりはなかなか癒えるものではありませんが、何か事情があったのかも知れません。
確かにこう言った事があると理解し合える事は難しいと思いますが、それでも仲良くなれたら良いと思われているりんさんの健気なお気持ち、お母様に通じる事をお祈りしています。

by ままみ (2014-08-26 18:14) 

キョウコ

ままみさん、こんにちは!
ままみさんの、ご両親への想いを読ませていただいて、心にじわりときました。
自分が親のたどって来た道を自分なりに歩みながら、あのとき自分はこう思っていたけど、親なりに未熟とはいえ分る範囲で頑張ってくれていたのかな?と思えるとその有り難みが、心のこだわりや強張りをほぐしてくれたりしますよね(^-^)
等身大の自分、等身大の親。
親から離れて初めて自分の輪郭がハッキリしてきて、同化していてごっちゃになっていた物から自由になって、星の投影から解放されるのかもしれないですね。

私も結婚して母のしていてくれたことで、改めて感謝出来ることが沢山溢れてきました。
生憎子供はいないですが、猫を飼い始めて少しだけどんな気持ちで愛情をかけてくれたのかな~っていうのを、人間の子供を育てるほど大変ではありませんが、垣間見ては、またありがたさを感じているところです。

素敵な記事をありがとうございました(*^-^*)
by キョウコ (2014-08-28 10:38) 

ままみ

キョウコさん、コメントをありがとうございます!

>私も結婚して母のしていてくれたことで、改めて感謝出来ることが沢山溢れてきました。<

そうなんですよね。
私も実家に居る時は、ご飯なども出てきて当たり前と思っていましたが、実際自分が作るとなると朝は低血圧でふらふらするし面倒くさいしで大変でした。
それなのに文句を言うなど、昔は何も分かってなかったです;;
気が付かなかった親の苦労も、大人になって分かる事って沢山ありますよね。

>自分が親のたどって来た道を自分なりに歩みながら、あのとき自分はこう思っていたけど、親なりに未熟とはいえ分る範囲で頑張ってくれていたのかな?と思えるとその有り難みが、心のこだわりや強張りをほぐしてくれたりしますよね(^-^)<

子供は親に対して立派である事や、手本の様な存在でいて欲しい等、未熟さを受け入れがたい所があると思います。
ですが親も人間、間違って失敗もするし、自分の事で精いっぱいな時もあるんですよね。
年を経て自分を育ててくれた頃の親の年齢を生きてみると、今の自分よりもっと若かった親に対し、成熟した人間の手本となる様なものを求められようが無いと、今更ながら思ったりもしています;;

>等身大の自分、等身大の親。
親から離れて初めて自分の輪郭がハッキリしてきて、同化していてごっちゃになっていた物から自由になって、星の投影から解放されるのかもしれないですね。<

戦中や戦後の物のない時代、今とは価値観なども大きく違っていて、物質的な豊かさが子供の幸せであると言う風に母は思っていたのかも知れません。
気持ちを尊重するとか個性を育むとか、今の子育てでは常識的な事も、母にとっては二の次、考えもしない事だったのかも知れません。
母の人格そのものではなく、全てにおいて盲信的で主観的過ぎる価値観を、有無を言わさず押し付けられていた事が幼少期の苦しみの原因だったのだなと、離れてみて分かって来たのです。

小さい子供を寝かしつける時、抱っこしながら無意識にしていたリズミカルなポンポンポンは、父と母にしてもらっていたものだったとある日気付いた事があります。
その時に、私がこの子を思うのと同じように、両親も小さい私に愛情をかけてくれていたのだ、と感じたのです。
幼い頃を懐かしく思うノスタルジーなのかも知れませんが、思わぬところから気付かされたという次第です・・・

こちらこそ、気持ちを汲み取って下さる温かいコメント、ありがとうございます^^☆

by ままみ (2014-08-28 21:46) 

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