So-net無料ブログ作成

月回帰セカンドシーズン4 ~ICは愛が生まれる場所~ [プログレス]

人は何を重視して生きるか、それぞれホロスコープには現れますが、私の配置はとても偏っているため人生観の違う方もおられるとは思いますが、これは一意見としての記事です。
MCとICの軸は、仕事家庭、父親母親と言う風に対比的に言われますが、私は10室が大人の世界だとすれば、4室は子供の世界だと思っています。
生まれて来た人には全て母親がいて、子供は源であるIC(家庭)で育まれ、MCと言う社会に向かって巣立って行く。
右半球は自分以外の人間と共存を図ろうとする領域ですが、ICはその起点であり、人とはどういうものか理解しながら、共感の心で結ばれた、絶対的な信頼感を育てて行く領域の始まりです。
MCが競争を強いる厳しい世界だとすれば、ICは甘えや無防備さを許すポイントとして、また、そういうバランスでなければいけないだろうと思います。

最初から大人として生まれてくる存在などいません。
人は赤ちゃんとして生まれ、2,3歳になってイヤイヤ期を経て自我が芽生えて行く、その年齢に応じた発育をして行きます。
大人の世界と子供の世界は全く違う、なのに子供の成長段階(子供からの視点)を無視して、いきなり大人からの視点で子供をしつけ、強制する事で起きる悲劇が度々起こっています。
成長をいびつにしてしまう大人も、元はと言えば子供時代を無視された被害者なのでしょう。

最初は泣く事でしか生理的な要求や不快感、自分の意志を表す事が出来ない赤ちゃん。
しかしその泣き声が自分を責めている様に聞こえてしまう親もいるとネットで知りました。
その被害者意識は一体何なのでしょうか。
どう考えたって自分の中の問題を赤ちゃんに投影しているに過ぎないのに、とんだ責任転換のとばっちりです。
大人の事情を察し親の機嫌を取るように泣くのをセーブしている赤ちゃんがいたらそちらの方がおかしい。
想像力と共感力と母性、これらが欠けた自分本位の人が増えている様に思いますが、なぜなのでしょうか。
それは子供目線(弱者目線)で観る風潮が現代は希薄化しているからだと思います。

大人の保護がなければ生きて行く事が出来ない弱者である子供。
成長すればあっという間に失われてしまう子供の純粋な世界がどれだけ尊いか。
生まれた時には皆、無垢な赤ちゃんとして生まれて来た。
動物や草や虫とお話ししたり、素朴なおもちゃで夢中になったり、童謡の世界で遊んだり。
ともすれば軽視されがちですが、子供にしかない心の世界は、人が安らぐ情緒的な部分、根源的な部分にもっとも接触しているのではないでしょうか。
上手く伝わるか変わりませんが、見ているだけで心が柔らかくなり、笑んでしまう、懐かしみを覚え、何故だか分からないけれど涙が出てしまう、きゅんと胸が締め付けられるような、そういった世界。

子供が2、3歳の頃、旅行に行った時、電車のボックス席で向かい側に座っていた男性の視線を感じたのか食べていたパンをかじりかけのまま、「あげる~」と渡そうとしました。
男性は少し困った顔をしていましたが、後ろに座っていた連れの女性が「もらってあげれば?」と笑顔でフォロー。
謝りながらも、優しい心を大切にしてくれた事は忘れられません。
成長するにつれ社会の事を理解し、いつの間にか自分の心を押し殺したり、偽る事も覚え、子供らしい純粋な時代はそう長く続けられません。
人生のうちの貴重な数年間、いかに子供の視点に降りて、発祥したありのままの感情を受けとめられるか、大人の都合で感性を押しつぶす事なく、踏みにじる事なく、素直な心を喜んで上げられるか、温かく見守る姿勢によって、持って生まれた子供の良き感性(善性)も育てられるのでないかと思っています。

「裸の大将」で有名な画家の山下清さんは、おにぎりが貰えなかったらどうするのか問われれば、「おにぎりが貰えるまで歩くから、貰えないって事はないんだな」と答えたそうです。
ほのぼのしたエピソード、画伯の名言に心がほっこりします。
風の向くまま気の向くまま、主題歌の、野に咲く花の様に~♪の通りの方だったのでしょう。
自分はどこに行っても大丈夫、絶対的な人に対する信頼感を人生の土台として持っていたのでしょうね。

将来を担う子供は社会の宝、大人は善意ある眼差しで見守り、育んでゆく義務があると思います。
見えない心の基礎を作るのが、幼少時の育成環境。
周囲の大人から心の部分を大切にしてもらい、人とは良きもの、助け合うもの、仲良きことは美しきかなと示して行ければ、情緒と安心で満たされた土台が育ち、将来、不安定な境遇においてもブレない自分でいられるのだと思います。

泣いている赤ちゃんに対して、忙しくて相手が出来ない時でも、どうしたの~、待っててね~、大丈夫よ~、などと声掛けするだけでもいい。
存在をガン無視されたら大人だって不安になります。
大人はすべからく子供の視点まで降りて共感して欲しい、そう願っています。
ひっそりと咲く花を愛でる気持ち、水をやって育てる母性的な感性、ギスギスした人が増えている現代において、なおさら必要な感性ではないかと思われます。

今回、月回帰を迎えたことにより4室の入り口に水星回帰、ライツが在室している自分としては、IC関連の事も見過ごせず、けじめとして思った事などを書きました。
これまで悩みながらも外の世界へ飛び出し、共同体に溶け込みながら人の温かみを感じ、心に触れようとしてきた体験。
月はハードで傷付いてきからこそ、なおさら貪欲にIC(心)を重視し、探求を続けてきたのかも知れません。
双子座なのもあって、どんよりした気持ちに沈むのは避け、いつも心を軽くしていたい。
心をすぼませず、伸び伸びした朗らかな心の持ち方をして行きたい。
見習うべきは、誰でも気軽に話しかけてしまうおせっかいおばちゃん(たまにおじちゃん)の空気感。
おばちゃん達が草の根的に暗躍し、ホンワカムードに挿げ替えて行けばギスギスした世の風潮も減って行くかも知れません。
全ての人達が、ありのままでも許される、否定されずにいられる居場所、帰れるふるさとを見付けられれば、もっともっと人は幸せを感じて生きて行けるのではないかと思っています。

我が家では、地方の暮らしや文化、神社や祭をテーマにしたテレビも良く観ていますが、蟹座に月と火星を持つ夫は特にこういった番組が大好きで、「NHK版ふるさとの伝承」や「日本の祭り」など、繰り返して観ています。
時代の流れとして薄れつつあるのは残念ですが、何代にも渡って受け継がれて行く習わしや祭事は日本人の精神の拠り所。
その土地の人々が、例えば○○人であることをアイデンティティーとして、伝承された文化を誇りに思って生きている姿を見るのが好きなのです。
自分の生まれた土地に愛着を持って、土地の言葉をしゃべっている姿は、見ていて安心感が湧きます。
映画「翔んで埼玉」も、地元愛を観察するために埼玉に行って2回見ました。(同じ映画を2度見るのは初めてです)
住んでないと分からない内輪受けのネタの数々に大爆笑する人達、埼玉への愛情がほとばしっていました。
出演者の方々にも、熱演して下さってありがとうございます!と言う気持ちまで湧いてしまいました。
そしてラストは感動の涙に包まれるという、おふざけだけじゃない本当に素晴らしい映画ですので、住んでいない方にも是非観て頂きたいと思います。
京本政樹さんの埼玉ポーズが一番ビシッとしていて好きです☆


IMG_20190503_120451.jpg

今年のこいのぼり祭
おばちゃん達が舞い、ゆるーい空気感に包まれています。


ブログは3室牡牛座木星期から開始し、今年で10年目です。
最近ではpcに向かうのも疲れるし、親の事もあるし、なんとなく続けて来ましたが締め括り時がよく分からずにいました。
しかし来年はいよいよ1室魚座土星期を迎えます。
子供も一人暮らしを始めた今、ずっとお休みをしていた、お子さんを家でお預かりしお母さんをサポートする地域のファミリーサポートの活動も復活させるのに良い機会だろうと思っています。
以前も喜んで参加してくれた夫も引き入れて、自然とそういった方向性になって行くと思います。
あと何回か更新すると思いますので、その時までどうぞよろしくお願い致します。



nice!(16)  コメント(2) 
共通テーマ:占い

月回帰セカンドシーズン3 ~親子の因果編~ [プログレス]

またまた個人的な思いに終始した記事です;;
一番気がかりだった父も、昨年の手術から1年経ちましたが幸いな事に再発に至っていません。
お陰様で以前の様に暮らす事が出来、ひとまず見守っています。
父が元気でいられる今があるのは、昨年、熊野詣した熊野の神様のお力のお陰だと感謝しています。

月の配置を再現しやすくなる月回帰、t月が0度、90度、180度で刺激する度にハードさを実感する気分になりました。
更年期障害など全体的な不調のベースの他に、火星が絡んだ時は指を深く切ってしまったり、0度の時は特に母の事で心が痛む事が起き、辛さを月が直に感じている感覚でした。

母は人を怒らせる事については天才的な資質を持っています・苦笑
これまでもご近所や親戚とのもめごとが頻繁にあり、上手く行っていません。
それは感情的になって相手のメンツをつぶすような物言いをするから。
温和な父がいつも母の尻拭いをしていました。
本来、情熱的であるはずの牡羊座に太陽、水星、水瓶座の月、火星合が、突拍子もない所で悪く出てしまう。
何かしら切羽詰まった様で落ちつかない母にゆったり生きて欲しい、そう願っていました。
心配してくれる親戚がいても寄せ付けない雰囲気なので、失礼をしていないか、人の助けがさらに必要になって行く時に大丈夫なのか、と心を痛めていました。
もっと周囲の人と協力し合って楽しく快適に過ごして欲しい、そんな思いが届かない。
しかし親の生き方を子供が変える事は出来ません。
親には親の人生があってそうなりたいからなっているだけと悟り、あまり辛くならない距離感を自分で心掛けるようにしました。

何故、昔も今も母親の事で苦悩してしまうのか、気楽に考える事が出来ないのか、逃げるに逃げられない親子関係は人生最大の問題です。
スピリチュアル的な観方で言えば、全く違う波長であれば親子として生まれてくるはずもなく、必ず意味があるのです。
今世において成長させるポイントは自分の親に投影されると言います。
親は自分の問題点の写し鏡、それを見つけ出し改善して行くのがこの世での目的なのだそうです。
性格や考え方が全く違う、だから苦労しているのにと思っていましたが、あっけなくも月がそのポイントを示していました。
そうか、私も対人関係でツライ配置を持っていたんだ、それも母親を表す月に絡んで。

1室の土星、7室の天王星、冥王星に挟まれている月は、対人関係でもげっそりした事が起りがちです。
狭い範囲のルールに乗って真面目にやっているつもりでも(1室)、冥王星、天王星がヤンキーの様に良い子ぶるんじゃねえ!とショックを与えて来ます(7室)。
なんて言うと被害者のようですが、これも自分の中にある要素、自ら無意識のうちに呼び込みやすいパターンなのです。
7室のエキセントリックな天王星、冥王星は、まさに母親が担っていたのかも知れません。

良く言えば、土星の狭量な常識を壊すために外惑星の視点で鍛えてくる、もっと大きな器を持てるよう挑戦させてくると言った事ですが、配置がハードなので、実際、外でも人を人とも思わない無礼な人との接触もたまに起こってくるわけです。
アグレッシブな火星も水星と緩く合のみのため、腑に落ちない場面は相手の心理や事情を思いながら問題を分析したりしています。
整理する事で心に折り合いがつくし、若い頃は自分の至らなかった点、防御可能だったかどうかまでノートに書き出していた事もありました。
今は、そういうものだからと悟り的な思考をしています。

また7室的な社交の場、初めての人同士の集まりなどでは、気が利いた事を言って盛り上げたり、自分を臆せずアピールする自信などほぼありません。
6室は社会が求める自分になる訓練をする部屋ですが、カスプのルーラーが前述した配置の月なので、自分を無にする位頑張ってしまいますが、プレッシャーが半端ありません。
地上領域での配置が報われにくいのを経験として悟ってはいても、それでも月は応えようと頑張ってしまうのです。

人付き合いが苦手であると言う共通点は、母と私の問題でもあったのです。
表面は違っているのに深い根っこの部分では同じかも知れない、これには驚きました。
まっさらな月は無意識のうちに刷り込みによって染められてしまうので、潜在意識の深い部分では親と同じ価値観を持っていても少しも不思議ではありません。
親の嫌な部分を自分も持っていたなんて目をそむけたくなりますが、自分も若い頃はズバズバした物言いをした事もあったと今さらながら思っています。
親の性格を直す事など出来ませんが、自分の欠点を教えてくれている教師と言う風に受け止めれば、母の事を苦手と思えなくなるかも知れません。
皆さんも親子関係で苦悩する部分があれば、良く観察すると共通の問題点、持って生まれた改善すべきポイントなどが見えてくるかも知れません。

幸い対人関係には和らげる配置もあって、ドラゴンポイントと重なった金星とセレス、木星が、1室7室の凶星にソフトアスペクトを投げかけています。
度肝を抜かれる人もたまにいますが、これによって致命傷は免れています。
双子座なので、人と冗談を言ってふざけたりする事は好きなのです。
何度も顔を合わせるうちにお互いの人となりを理解し、取り繕わなくても良い事が分かってくれば、いつの間にか打ち解けています。

さらに3室牡牛座から5室蟹座にかけて在室する木星と5つの個人天体、ICの感受点同志が、狭い範囲でいくつものミッドポイントやマイナーアスペクトで綿密に絡み合っていた事、尊敬する占星術の先生方のブログを拝読する事によって発見した時は我ながら驚きました。
身近なごく狭い関係では、むしろ心温かな人とのご縁が多いのです。
主人と私のそれぞれの冥王星、木星のミッドポイントに、互いの月が直接接触するなど不思議な偶合もあり、7室がスゴイ事になっていても幸せになれたので感謝しています。
朗らかで、余計な心配は一切せず、人を和ませる天才!
面白いのでからかってばかりいますが、いつもニマニマしていて(ちょっときもいですね;;)心の持ち方のお手本としています。
月は荒んでいるだけじゃなかった、ハードアスペクトは免れないけれども、それを補うかのように他の天体達が一つの村みたく連帯し、仲良く助け合っていた、実際の自分の家族に重ねました。
そんな瞬間に誕生させてくれた母にも感謝、底の部分では愛情を感じていました。
はるか遠くで寄り添ってくれているアルデバランや、冥王星より軌道の大きなエリスとの60度も、月は悪いだけじゃない、もっと大きな目で見てより良い選択(エリスは不和の女神でもありますが三択の女神でもありますよね)して行くように、と教えている様に感じました。

双子座の月の意志を汲んで、恥や失敗を恐れずオープンに、受け身ではなく積極的に楽しめれば、心も身体も軽くなって(減量も;)月が喜ぶ気がしました。
そして生まれてくる前に誓った成長という使命を果たす事が出来るのかも知れません。

しつこいけれどもう一回続きます。


IMG_20190519_151918.jpg

これは葛飾の公園のモルモット達、名前も可愛い^^
昔、板橋の公園のモルモット出演一覧に「まおう」と言う子がいて、目が赤く光り、牙が伸びてくる所を想像してしまいました・笑


nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:占い

月回帰セカンドシーズン2 ~故郷は作るもの~ [プログレス]

貴重な月回帰のタイミングで何を感じたか、やはり「月」とそのハウスへの思いを新たにしました。
私情ばかりの記事ですが、ご参考になればどうぞ^^;;
私の月は、土星と天王星に挟まれたT字と冥王星との90度でコテンパンにされ、太陽とのオーブは9度、弱々しく光を失ってゆく、ともすれば周りの意志に同調したまま飲み込まれ消えてしまいそうな気の毒過ぎる月です。

月は自分の母親や、私生活、気分など表しますが、母親に対しては如何ともしがたい意識があり言葉に表すとすれば、身がすぼまる、気持ちが縮こまる、先細りで救いのない心地、と言ったら良いのか、そんな気分になってしまう事があります。
そうするしかない母なりの愛情、悪く言うのは嫌ですが、逃げる余地を残さないままグイグイ来るので怖い、未熟ゆえ自己中心過ぎて、心配性過ぎて、干渉され続け・・・。
大丈夫だから侵食して来ないで~、こちらのペースでお願いしますぅ~とお願いしたい月なのです。

ちなみに私は女性サイン8、柔軟宮過多で、母は男性サイン8、活動宮と不動宮が多く同数です。
力関係では、柔軟宮は活動宮の押しの強さに振り回され弱くなり、活動宮は不動宮の頑固さに根を揚げ、不動宮は柔軟宮の視点の多さに面食らうと言った風です。

「月」を取り戻すためなのか、昔からいいなぁと思う人は、明るく朗らかで、自然で伸びやかな心を持った人。
少しでもそんな生き方をしてみたいと思い、地方への憧れもあって、進学のチャンスを活かし1度連れて行ってもらった事があるだけの東北のとある県に住む機会を得られました。
まるで国内留学です・笑
埼玉から来た子として最初、浮いていたと思いますが、東北人の屈託のなさ、土着性を心地良く感じながら振る舞いも、その色に染まって行きました。
明るく面倒見の良い友人達の、大らかな物の考え方や方言、東北に憧れを持っていた私は自然にそれをまねていました。
そして、心の幅が大きく広がった思いがしました。

厳しかったピアノの授業、合唱部での練習、毎日皆で「おしん」を見ながらのお弁当、日曜はバスに乗って町までお買い物、またはアルバイト(結婚式場、団子屋、流しそうめん屋、ラーメン屋など)、施設にボランティア、お菓子を持ち寄った賑やかなお茶会、飲み会、大量のサクランボを差し入れてくれる寮のおばちゃん、祝ってもらった誕生会、友人達の実家に行く度、埼玉から来た事を驚かれた事、初めてのスキー旅行、つぶれると言うデマが流れ夜行列車で敢行したTDL旅行、伝統の枕投げ、大きなムカデが出た寮の部屋、ケンカしたけど仲直りした寮の友人、友達の影響を受けて聴いていたユーミンとさだまさし、さらさらした雪と、夏は美しい山々の風景、中に入ると意外と暖いかまくら、頑張ったハードな保育実習、免許を取り乗り回した原付、ひそかに観に行ったミニシアターのミュージカル、最高に美味しい水と空気と食べ物、河原での芋煮会などなど・・・
たった2年間なのに疲れ知らずで物凄く濃厚な時を過ごしました。
きっと希望で胸を膨らませていたからなのでしょう。
結婚式に出席したり、東北の良さを紹介するべく主人を連れて行ったりして以来、友人達とは会う機会もなく過ごしていますが、写真や年賀状を見れば楽しかった時代が思い出されます。

卒業後は児童養護施設に勤務しましたが、ここでも新潟や福島など東北からこられた先生方ばかりの中、一緒に働くご縁を頂きました。
ぼーっとして世間をあまり知らないような自分が、体力気力息切れしつつ子供達と向き合って行けたのも、どっしり構え、明るさとゆとりを失わない先輩方がいたから、しっかり者の同僚がいたらから、お手本があったからこそ務まったものと思います。
小中学生限定の施設でしたが、親が病気だとか、離婚して生活を立て直すための経済的な理由だとか、入所の理由は様々ですが、今、増えている虐待が理由で来た子はなかったと記憶しています。
親などが面会に来ると嬉しそうにする子供がほとんどで、早く一緒に暮らしたい、土曜日だけのお泊りが出来る子はそれを楽しみにしていました。
子供同士の人間関係は、やはり中学生が小学生を手先に使ったり、下の子は上の子に気を使い遠慮したりなど問題もありましたが、兄弟で来ている子がほとんどで(4人姉弟も)、ピンチの時はお互いかばい合ったり団結したり、兄弟じゃなくても年下の子の面倒を見てくれる中学生もいて、全体的に皆、仲間意識が強かったと思います。
しかし家庭じゃないので決まり事も多いし、ルールを守らなければ叱られるので、本来の居場所じゃない寂しさや不安から甘えが強くなる子もおり、安心して過ごして欲しい思いで役不足ながら母親の様にお世話する事を心掛けました。
担当だった子も今や懐かしい、40代半ばになっています。みんな幸せに暮らしていると良いのですが。

他にも商売をしていた叔父の家は人の出入りが多く賑やかで、家族同然にしてもらった事、従妹達とは兄弟の様だった事、自分の心が欲していた足りない部分を無意識に補ってきたようです。
故郷は元々あるものではなく、心の中で作るものなのです。
その時その場所で、居場所を共にした人達、懐かし風景、思い出されると心がじんわりして来るような、甘酸っぱい思い出。。
もちろん恥ずかしい失敗も数多くありますが失敗しなければ人間は成長しないですから。
生まれた実家以外にも故郷と思える場所が存在する事、自分にとって、安らぎと心を広げるための不可欠な経験だったのだろうなと思います。

長くなるのでまた続きます。


IMG_20190724_173959.jpg

写真て不思議です。
年数経過でセピア色に染まって行くのに反比例して、友人達の表情は生き生き輝いて見えます。
若さがまぶしいと感じてしまうお年頃ですね^^


nice!(5)  コメント(2) 
共通テーマ:占い

月回帰セカンドシーズン1 ~月と蓄膿症と私~ [プログレス]

平松愛理さんの「部屋とYシャツと私」が浮かんだのでなぞらえてみましたが、全く面白い記事ではないため気になった方だけ読み流して頂ければと思います・苦笑

私は先月、蓄膿症の手術をしました。
ソーラーリターンが起った6月10日に入院、翌日手術と言うタイミングです。
射手座木星、魚座海王星、双子座太陽のT字に加え、午後には乙女座月も加わりグランドクロスを形成。
どこまで行ってしまうの~?と掴みどころのない配置と、p月がn冥王星p冥王星スクエアと言う切羽詰まったコントラスト、さらに家から病院は年月日と凶方位、心配ではありましたが、早く治したい希望を汲んで頂いた日なので、これも因果と腹をくくりました。
幸い、3日前に祐気取りが出来たため、入院中も吉方位のお水を携え飲んでいたのでお守り代わりになりました。
父が化学療法で入院した時も、健康を表す西北のお水を夫と祈願して頂きに上がり、飲み続けてもらった事は安心材料になりました。
自宅から観て凶方位に出向かなければならない場合、方災除けに吉方位の水を持って行くのはおススメです。

そして麻酔からしっかり目覚められるだろうかと言う配置ではあるものの、生まれ変わって元気になりたい!と言うソーラーリターンの再生パワーを信じてまな板の鯉となりました。
これまでの辛い蓄膿症と別れ、スッキリ解放された自分になるために・・。

これまでの手術歴。
1度目は17歳の夏休み、上唇の裏から切開し副鼻腔の中をかき出す方法で、局所麻酔で目隠しをしながら、先生の会話や骨を開ける工程など分かってしまう拷問的な手術、相当なガッツが必要でした。
2度目は34歳、昔の手術から数十年後術後に起こりやすい嚢胞を発症、内視鏡下で鼻の穴から行い、全身麻酔で寝ているうちに終わったので、格段に負担は軽くなりました。
とは言っても、鼻にガーゼを詰めたまま口呼吸で一週間も過ごさなければならなかったので、術後が大変辛く、詰め物を抜く寸前まで、廃人になりそうでした。
3度目は43歳、左の頬の重苦しさが起り左だけ手術。
今回は、左上歯痛が起り、やはり左だけ手術。
CTの所見では、歯の真上の副鼻腔と、蝶形骨洞(目の奥にある脳に近い副鼻腔)に膿が溜まっている事が分かりました。
正常であれば空気によって黒く見えるのですが、膿が溜まっている箇所は灰色に写ります。
蝶形骨洞の突き当りに白い点の様なものが見られ、先生曰くおそらくカビでしょうとの事。
私の鼻は、ついにカビが生えるまでになってしまったのか・・・。

通常、副鼻腔は自然口と言う穴で鼻腔に開放され通気していますが、塞がれてしまうと膿などが排出できず、粘膜が悪化して行きます。
副鼻腔もお風呂と同じ様に上手く換気が出来ないと、カビやら細菌やらの温床になってしまうのです、恐ろしいですね::
鼻腔内の肥大した粘膜はギリギリまで切除してもらったので、いわゆる鼻の通りは良いのですが、奥が詰まった感じだとか、目の奥や頭が痛い事などは数年前からその場しのぎの薬で対処していました。
でも今は辛さを越えて、手術して本当に良かった。
喉に落ちてくる不快な後鼻漏も減り、お医者様にも現代の医療技術にも感謝の毎日です。
塞がった自然口を開放し広げ、自浄作用によって完治を目指す手術が主流の現在、粘膜改善のため薬はしばらく飲み続けますが、この先も快適な状態でメンテナンスして行きたいと思います。

所で、そこでなぜ「月」が結びつくのかと言えば、肉体を表す月がハードアスペクト、その月が6室のカスプ、ルーラーともなれは、煩わしい病気で悩まされてきた人生も納得せざるを得ないからです。
何かに集中している時のエネルギー調節が難しく、自分では夢中で気が付かないうちに疲れを貯め、風邪を引いてしまうパターンが多いのです。
蓄膿症が悪循環を成す気管支アレルギーもあるため、月、双子座の呼吸器官系に対して、多大なるストレスと苦痛をかける配置を持っております。

蓄膿症との思ひ出・・・。
小1の頃、町医者の耳鼻科外来で、いきなり膿出し処置?をされる。
何をされるか知らされないまま鼻腔から直に穴を開けられ、痛さと恐怖のあまり、止めて下さい!と泣いて抵抗したのを覚えていますが、それから膿盆(ソラマメ型のトレイ)はトラウマです。
根本治療になる訳でもないのに、現代では考えられない所業です。鬼です。
その後も治療していましたが(別の医院で!)、鼻詰まりにとても悩まされました。
14歳の時、鼻茸(ポリープ)を取ったのは焼け石に水。
大人にならなければ手術が出来ないと言う常識だったので、17歳の満を持して、耳鼻科で有名な当時A葉原にあったK病院で根本手術してもらい、長年の苦しみからついに解放されました。
さらにその一月後には、鼻の通りを良くする手術もしてもらい、頭も心も体も~と言う位にスッキリしました。
「拷問の様な」と前述しましたが、どんなに痛くても治したいという一心であれば、大抵の患者さんは前向きなガッツを発揮して耐えられると思います。
ちなみにk病院は、80年代の終わりK田A町へ移りましたが、その後も、3代目院長先生に扁桃腺の手術を、前回と今回は4代目院長先生にお世話になるなど、嬉しくない三代のご縁が続いていますが、辛い→スッキリ再生、を繰り返すのも冥王星っぽくて、アレルギー性鼻炎も併発している自分は、今後も油断せず付き合って行かなければと思っています。

月回帰は考えさせられる事が多く、長くなってしまったので記事を分割します。


蓄膿症のベテランな記事で申し訳ないので、今年の綺麗なの花巡りの写真です。
IMG_20190503_135825.jpg

玉敷神社の藤棚
温暖化のせいか藤まつり開催前に見頃が終えてしまい少し色あせています。


IMG_20190511_143150.jpg

与野公園の薔薇
藤まつりの事があったので、今度は薔薇まつり前に撮った写真。
蕾も多くあり、こちらは少し早いタイミング。


IMG_20190511_143623.jpg

アロマテラピーと言う品種
香りが一番強いと言われている薔薇で、名前通りのアロマそのものです。


IMG_20190625_094503.jpg

走水神社の紫陽花
梅雨で曇りがちの中、紫陽花の色だけが鮮やかに賑わっていました。



nice!(5)  コメント(2) 
共通テーマ:占い

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。