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月回帰セカンドシーズン ~ICは愛が生まれる場所~ [プログレス]

人は何を重視して生きるか、それぞれホロスコープには現れます。
MCとICの軸は、仕事家庭、父親母親と言う風に対比的に言われますが、私は10室が大人の世界だとすれば、4室は子供の世界だと思っています。
生まれて来た人には全て母親がいて、子供は源であるIC(家庭)で育まれ、MCと言う社会に向かって巣立って行く。
右半球は自分以外の人間と共存を図ろうとする領域ですが、ICはその起点であり、人とはどういうものか理解しながら、共感の心で結ばれた、絶対的な信頼感を育てて行く領域の始まりです。
MCが競争を強いる厳しい世界だとすれば、ICは甘えや無防備さを許すポイントとして、また、そういうバランスでなければいけないだろうと思います。

最初から大人として生まれてくる存在などいません。
人は赤ちゃんとして生まれ、2,3歳になってイヤイヤ期を経て自我が芽生えて行く、その年齢に応じた発育をして行きます。
大人の世界と子供の世界は全く違う、なのに子供の成長段階(子供からの視点)を無視して、いきなり大人からの視点で子供をしつけ、強制する事で起きる悲劇が度々起こっています。
成長をいびつにしてしまう大人も、元はと言えば子供時代を無視された被害者なのでしょう。

最初は泣く事でしか生理的な要求や不快感、自分の意志を表す事が出来ない赤ちゃん。
しかしその泣き声が自分を責めている様に聞こえてしまう親もいるとネットで知りました。
その被害者意識は一体何なのでしょうか。
どう考えたって自分の中の問題を赤ちゃんに投影しているに過ぎないのに、とんだ責任転換のとばっちりです。
大人の事情を察し親の機嫌を取るように泣くのをセーブしている赤ちゃんがいたらそちらの方がおかしい。
想像力と共感力と母性、これらが欠けた自分本位の人が増えている様に思いますが、なぜなのでしょうか。
それは子供目線(弱者目線)で観る風潮が現代は希薄化しているからだと思います。

大人の保護がなければ生きて行く事が出来ない弱者である子供。
成長すればあっという間に失われてしまう子供の純粋な世界がどれだけ尊いか。
生まれた時には皆、無垢な赤ちゃんとして生まれて来た。
動物や草や虫とお話ししたり、素朴なおもちゃで夢中になったり、童謡の世界で遊んだり。
ともすれば軽視されがちですが、子供にしかない心の世界は、人が安らぐ情緒的な部分、根源的な部分にもっとも接触しているのではないでしょうか。
上手く伝わるか分かりませんが、見ているだけで心が柔らかくなり、笑んでしまう、懐かしみを覚え、何故だか分からないけれど涙が出てしまう、きゅんと胸が締め付けられるような、そういった世界。

子供が2、3歳の頃、旅行に行った時、電車のボックス席で向かい側に座っていた男性の視線を感じ、食べていたパンをかじりかけのまま、「あげる~」と渡そうとしました。
男性は少し困った顔をしていましたが、後ろに座っていた連れの女性が「もらってあげれば?」と笑顔でフォロー。
謝りながらも、優しい心を大切にしてくれた事は忘れられません。
成長するにつれ社会の事を理解し、いつの間にか自分の心を押し殺したり、偽る事も覚え、子供らしい純粋な時代はそう長く続けられません。
人生のうちの貴重な数年間、いかに子供の視点に降りて、発祥したありのままの感情を受けとめられるか、大人の都合で感性を押しつぶす事なく、踏みにじる事なく、素直な心を喜んで上げられるか、温かく見守る姿勢によって、持って生まれた子供の良き感性(善性)も育てられるのでないかと思っています。

「裸の大将」で有名な画家の山下清さんは、おにぎりが貰えなかったらどうするのか問われれば、「おにぎりが貰えるまで歩くから、貰えないって事はないんだな」と答えたそうです。
ほのぼのしたエピソード、画伯の名言に心がほっこりします。
風の向くまま気の向くまま、主題歌の、野に咲く花の様に~♪の通りの方だったのでしょう。
自分はどこに行っても大丈夫、絶対的な人に対する信頼感を人生の土台として持っていたのでしょうね。

将来を担う子供は社会の宝、大人は善意ある眼差しで見守り、育んでゆく義務があると思います。
見えない心の基礎を作るのが、幼少時の育成環境。
周囲の大人から心の部分を大切にしてもらい、人とは良きもの、助け合うもの、仲良きことは美しきかなと示して行ければ、情緒と安心で満たされた土台が育ち、将来、不安定な境遇においてもブレない自分でいられるのだと思います。

泣いている赤ちゃんに対して、忙しくて相手が出来ない時でも、どうしたの~、待っててね~、大丈夫よ~、などと声掛けするだけでもいい。
存在をガン無視されたら大人だって不安になります。
大人はすべからく子供の視点まで降りて共感して欲しい、そう願っています。
ひっそりと咲く花を愛でる気持ち、水をやって育てる母性的な感性、ギスギスした人が増えている現代において、なおさら必要な感性ではないかと思われます。

今回、月回帰を迎えたことにより4室の入り口に水星回帰、ライツが在室している自分としては、IC関連の事も見過ごせず思った事などを書いてみました。
これまで悩みながらも外の世界へ飛び出し、共同体に溶け込みながら人の温かみを感じ、心に触れようとしてきた体験。
月はハードで傷付いてきからこそ、なおさら貪欲にIC(心)を重視し、探求を続けてきたのかも知れません。
双子座なのもあって、どんよりした気持ちに沈むのは避け、いつも心を軽くしていたい。
伸び伸びした朗らかな心の持ち方をして行きたい。
見習うべきは、誰でも気軽に話しかけてしまうおせっかいおばちゃん(たまにおじちゃん)の空気感。
おばちゃん達が草の根的に暗躍し、ホンワカムードに挿げ替えて行けばギスギスした世の風潮も減って行くかも知れません。
全ての人達が、ありのままでも許される、否定されずにいられる居場所、帰れるふるさとを見付けられれば、もっともっと人は幸せを感じて生きて行けるのではないかと思っています。

我が家では、地方の暮らしや文化、神社や祭をテーマにしたテレビも良く観ていますが、蟹座に月と火星を持つ夫は特にこういった番組が大好きで、「NHK版ふるさとの伝承」や「日本の祭り」など、繰り返して観ています。
時代の流れとして薄れつつあるのは残念ですが、何代にも渡って受け継がれて行く習わしや祭事は日本人の精神の拠り所。
その土地の人々が、例えば○○人であることをアイデンティティーとして、伝承された文化を誇りに思って生きている姿を見るのが好きなのです。
自分の生まれた土地に愛着を持って、土地の言葉をしゃべっている姿は、見ていて安心感が湧きます。
映画「翔んで埼玉」も、地元愛を観察するために夫と埼玉に行って2回見ました。(ロードショーで同じ映画を複数回見るのは初めてです)
住んでないと分からない内輪受けのネタの数々に大爆笑する人達、埼玉への愛情がほとばしっていました。
出演者の方々にも、熱演して下さってありがとうございます!と言う気持ちまで湧いてしまいました。
そしてラストは感動の涙に包まれるという、おふざけだけじゃない本当に素晴らしい映画ですので、住んでいない方にも是非観て頂きたいと思います。
京本政樹さんの埼玉ポーズが一番ビシッとしていて好きです☆


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今年のこいのぼり祭
おばちゃん達が舞い、ゆるーい空気感に包まれています。




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月回帰セカンドシーズン ~母への感謝 星の配置編~ [プログレス]

※この記事を書いた時は4年前ですが、読み返すと、めちゃくちゃ弱気な文章でビックリしました。
自分の月を低く書いていたのは、ハードアスペクトの月はよくやり玉に挙げられがちなため、無意識に影響されてしまったのかも知れません。
父親の病気、n太陽がt海王星とスクエアの渦中という事で、大分心が弱っていたのですね。
本意ではなかったし、なんだか腹立たしかったので(笑)、今の自分の心境で書き直す事にしました。
(備忘録と化したブログなので、自分のために残す前提で書いてます)




一番気がかりだった父も、昨年の手術から1年経ちましたが幸いな事に再発に至っていません。
以前の様に暮らす事が出来、ひとまず見守っています。
父が元気でいられる今があるのは、昨年、熊野詣した熊野の神様のお力のお陰だと感謝しています!

月の配置を再現しやすくなる月回帰、t月が0度、90度、180度で刺激する度にハードさを実感する気分になりました。
更年期障害など全体的な不調のベースの他に、火星が絡んだ時は指を深く切ってしまったり、0度の時は特に母の事で、勝手に心を痛めたり、余計な心配や考え過ぎが多く、辛くなってしまう感覚でした。
私はよく親から、難しく考え過ぎと言われましたが、本当にその通りだと思っています。
親の生き方を子供が変える事は出来ないし、親には親の人生があると悟り、あまり辛くならない距離感を心掛けるようにしました。

確かに私は月にT字アスペクトがありハードかも知れませんが、そんな事より良い部分をもっとクローズアップして、持って生まれた配置に感謝する方がずっと良いと思いました。
まず、太陽と月のミッドポイントに、ASCが正確に120度という自己矛盾がない点。
1室7室のオポジションに対し、ドラゴンポイントと重なった金星とセレス、木星が120度で、緊張を和らげている点。
3室牡牛座から5室蟹座にかけて、木星と5つの個人天体、IC、ヘッドの感受点は、セプタイルの木星と金星に挟まれて、いくつものミッドポイントやマイナーアスペクトで綿密に絡み合っている点。
これらの感受点で出来上がる直接のハーフサムは、全て幸運に向いたものなのです。

木星/金星=IC・水星/太陽=月。
幸運の星の並びの中心が、アルデバランと重なった「月」だなんて、まるで女王様のようですごいじゃん!となりました・笑
他にも
木星/太陽=月/火星=IC・水星
IC/金星=太陽
水星/金星=太陽
木星/月=火星/水星
太陽/月=火星/金星=火星/ヘッド
木星/ヘッド=火星/太陽
木星/ヘッド=水星/太陽
月/水星=太陽/火星
など
ここまで繋がりがあると8つの感受点が全て合みたいな意味合いが出てしまうのではないか、と思っています。
さらに、木星と金星は、7分割の51,43度
木星と太陽は、10分割の36度
火星と金星は、9分割の40度を持っています。
一見そうとは分からないけれど、この巧妙な並びは我ながら綺麗だ~、と思わず眺めてしまう事があるのです・笑

さらに、主人と出会い結婚した年のソーラーリターン時のプログレスも凄かった!(pなので1度以内です)
木星/冥王星=太陽
木星/太陽=金星/火星
金星/火星=月
これ全部正確で直接なのですが、花の周りで鳥が回る、鳥の周りで風が回る~♪の歌みたいだと思いました!

さらに(多いな)
太陽/月=ヘッド
太陽/金星=ヘッド
月/水星=太陽/ヘッド=水星/金星
火星/ヘッド=水星/木星
水星/ヘッド=太陽
水星/金星=太陽/ヘッド
などなど
太陽と月とヘッドの絡みが非常に多かったです。
ネイタルとの絡みでも、n太陽に対してp月p金星が合の時期でした。
p太陽とp海王星も正確に120度。

このプログレスの配置は、非常に幸運なので、この日に生まれた有名人はいるのかと調べましたら、いました。
堤真一さんです!
スキャンダラスなニュースもなく、地道に俳優業に専念してらっしゃって、この方もなんとなくラッキーな雰囲気をまとってますよね。

この際だから、夫との相性でも
夫の、正確で直接の金星/月=太陽が、私のICに=(HN4)
コンポジットのハーフサムでも、太陽/月のタイトな=は、木星(HN4)、金星(HN8)
そして、お互いの冥王星/木星に、互いの月が直接接触しており、確かに思い当たることは多々あります。
私の太陽に夫の金星が正確に120度、夫の太陽に私の金星が60度。
私の金星ヘッドに、夫の火星が合、などなど。


配置の自慢だけの様になってしまいましたが、凄かったので。。
とにかくそんな瞬間に誕生させてくれた母に感謝、底の部分ではたっぷり愛情を感じていたので、やはり表れています。
例え、月のハードアスペクトを持っていたとしても、最終的に私は母が大好きで、一番感謝すべき存在なのだろうな、と思っています。


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これは葛飾の公園のモルモット達、名前も可愛い^^
昔、板橋の公園のモルモット出演一覧に「まおう」と言う子がいて、目が赤く光り、牙が伸びてくる所を想像してしまいました・笑


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月回帰セカンドシーズン ~故郷は作るもの~ [プログレス]

貴重な月回帰のタイミングで何を感じたか、やはり「月」とそのハウスへの思いを新たにしました。
ハードアスペクトを持った「月」を取り戻すためなのか、昔から好感を持つ人は、明るく伸びやかな心を持った人。
私は地方への憧れもあって、進学のチャンスを活かし、1度連れて行ってもらった事があるだけの東北のとある県に住む機会を得られました。
埼玉から国内留学(笑)して来た子として、最初、浮いていたと思いますが、東北人の屈託のなさを心地良く感じながら、振る舞いもその色に染まって行きました。
明るく面倒見の良い友人達の、大らかな物の考え方や方言が自然と移り、いつしか半東北人と化していました・笑
そして、心も大きく広がった思いがしました。

厳しかったピアノの授業、合唱部での練習、毎日皆で「おしん」を見ながらのお弁当、日曜はバスに乗って町までお買い物、またはアルバイト(結婚式場、団子屋、流しそうめん屋、ラーメン屋など)、施設にボランティア、お菓子を持ち寄った賑やかなお茶会、飲み会、大量のサクランボを差し入れてくれる寮のおばちゃん、祝ってもらった誕生会、友人達の実家に行く度、埼玉から来た事を驚かれた事、初めてのスキー旅行、つぶれると言うデマが流れ夜行列車で敢行したTDL旅行、伝統の枕投げ、大きなムカデが出た寮の部屋、ケンカしたけど仲直りした寮の友人、友達の影響を受けて聴いていたユーミンとさだまさし、さらさらした雪と、夏は美しい山々の風景、中に入ると意外と暖いかまくら、頑張ったハードな保育実習、免許を取り乗り回した原付、ひそかに観に行ったミニシアターのミュージカル、最高に美味しい水と空気と食べ物、河原での芋煮会などなど・・・

たった2年間なのに疲れ知らずで物凄く濃厚な時を過ごしました。
きっと希望で胸を膨らませていたからなのでしょう。
東京に帰っても、泊りに来てもらったり、東北の良さを伝えるべく主人を連れて行ったり、お互いの結婚式に出席したりしていましたが、やはり結婚をすると会う機会も自然と減ってしまうものです。
しかし、写真や年賀状を見れば楽しかった時代が思い出されます。

卒業後は児童養護施設に勤務しました。
小中学生限定の施設でしたが、親が病気だとか、離婚して生活を立て直すための経済的な理由だとか、入所の理由は様々ですが、今、増えている虐待が理由で来た子はなかったと記憶しています。
親などが面会に来ると嬉しそうにする子供がほとんどで、早く一緒に暮らしたい、土曜日だけのお泊りが出来る子はそれを楽しみにしていました。
子供同士の人間関係は、やはり中学生が小学生を手先に使ったり、下の子は上の子に気を使い遠慮したりなど問題もありましたが、兄弟で来ている子がほとんどで(4人姉弟も)、ピンチの時はお互いかばい合ったり団結したり、兄弟じゃなくても年下の子の面倒を見てくれる中学生もいて、全体的に皆、仲間意識が強かったと思います。
しかし家庭じゃないので決まり事も多いし、ルールを守らなければ叱られるので、本来の居場所じゃない寂しさや不安から甘えが強くなる子もおり、安心して過ごして欲しい思いで役不足ながら母親の様にお世話する事を心掛けました。
担当だった子も今や懐かしい、40代半ばになっています。みんな幸せに暮らしているのかな。

ここでも新潟や福島など東北からこられた先生方ばかりの中、一緒に働くご縁を頂きました。
子供達は活発でそれぞれの個性が豊か、大変である中、ぼーっとした自分が、体力気力息切れしつつ子供達と向き合って行けたのは、どっしり構え、明るさとゆとりを失わない先輩方と、しっかり者の同僚がいたからこそです。
それだけではなく、先生同士のリクリエーションも活発で・笑
職員全体で夜開かれる各先生方の誕生会、笑い声が響いて、時々子供が起きてしまったり。
麻雀に詳しい同僚のレクチャーを受け、夜な夜な部屋で興じていたり。
子供達が帰省する頃を狙って出かけた職員旅行も良い思い出です。

他にも商売をしていた叔父の家は人の出入りが多く賑やかで、家族同然にしてもらった事、従妹達とは兄弟の様だった事、自分の心が欲していたものを無意識に補ってきたのかも知れません。

故郷は元々あるものではなく、心の中で作るもの。
その時その場所で、居場所を共にした人達、懐かし風景、思い出されると心がじんわりして来るような思い出。。
もちろん恥ずかしい失敗も数多くありますが失敗しなければ人間は成長しないですから。
生まれた実家以外にも故郷と思える場所が存在する事、自分にとって、安らぎと心を広げるための不可欠な経験だったのだろうなと思います。


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写真て不思議です。
年数経過でセピア色に染まって行くのに反比例して、友人達の表情は生き生き輝いて見えます。
若さがまぶしいと感じてしまうお年頃ですね^^


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